一昨日の地震はかなりの被害をもたらし、まだまだ生き埋めになって行方不明の人も多く、被害の状況も日がたつにつれ拡大している。昨日、食事をした方の弟さんが成都にいらして一時は連絡が取れず心配されたそうだ。中国国内では四川省方面への電話が一時普通になっていたそうだ。
その弟さんのいたビルは大きく揺れて、窓ガラスが割れて生きた心地がしない状況であったようだ。
北京でも多くのビルから人が外に避難して、余震を恐れてなかなか中に戻れなかったと聞いた。昨日もどこへ行ってもみんな地震の話題だった。地震国の日本と違って、中国の人は地震になれていないので北京のような軽い地震であっても、その恐怖はかなりのもののようだ。
四川省の状況と違い、幸い、北京は被害もなく、私も無事です。ご心配をおかけいたしました。と言うか、地震の時に平屋の建物で会議をしていたせいか、まったく揺れに気がつかないほどだった。
日本も早速、救援に協力を申し出るなど政府も動いていることなので良いことだ。こういう時は隣人として出来るだけのことは協力すべきだと思う。特に日本は地震国としてたくさんの経験と救援の実績もある。
昨今の日中関係の良好化も、今回の地震の報道でも現れており、聞いた話では、CCTVは各国からのお見舞いの連絡の報道の際に、日本の福田首相からのお見舞いを一番に伝え、二番目はアメリカだったそうだ。しかも福田首相のメッセージは、その時点では単なるお見舞いだけで、ブッシュ大統領のものは救援協力の申し出も含む内容にも関わらずである。
地震の被害の実態もこれから明らかになってくると思われるが、日本の協力を期待したし、私も何か出来ることを考えてみようと思う。
昨日の大柵欄からさらに西へ歩き続けた。
大柵欄西街(ダ・シ・ラ・シ・ジエ)は大柵欄から道路を挟んで西に続く通りだ。大柵欄西街には、大柵欄のような老舗の店はなく、もっと庶民的な感じがする。
観光客もここまで来るし、この通りを抜けて少し北上すると、琉璃廠に出るのでそこまで歩く人も多いし、私も良く行く。この日もデンマーク人の観光客に道を聞かれて一緒に 琉璃廠まで行った。1週間、北京にいて翌日に香港に行く、北京での最後の日に琉璃廠に向かっていたそうだ。
いつもここで売っている肉の煮て焼いたものが気になる。結構いい匂いがしている。
一皿10元なので結構いい値段でもある。
この通りの中ほどに、サクラ・ラウンジというカフェがあり休憩にぴったりだ。1杯ずつ作れるコーヒー・マシンもあって美味しいコーヒーやエスプレッソも飲める。 コーヒー・マシンの発明は素晴らしい。いつでも淹れたての美味しいコーヒーが飲める。
お酒も揃ったバーなのだが、ここには昼間しか来たことがない。
この建物はホテルになっているようで奥に受付がある。インターネットも使えるので外国人相手の商売のようだ。
通りにはいろいろな店が並ぶ。
回転する台を使って煎餅のようなものを作っている。
生地を回転する台の上で大きなへらを使って薄く延ばしてゆく。
次から次へと工事が続く。
観光客を意識したお土産物屋もいくつかあり、地元の人の町ではなく観光客相手の通りだとおいうことが良く分かる。事実、この通りを抜けて、 琉璃廠に向かう観光客は相当な数だと思われる。