古くて新しい安井仲治

by Shogo

安井仲治の名前を知ったのは、2009年に刊行された、森山大道の写真集「仲治への旅」からだ。この写真集は、安井仲治へのオマージュであることは、タイトルや構成からも明らかだ。同じ場所を撮影した写真が並べられており、安井仲治の作品からの影響を自ら明らかにしている。

構図や光と影の捉え方も意識して撮影されている。例えば、路地裏や街角を斜めから撮影した写真やコントラストが強い写真は、森山大道の代名詞だが、それは安井仲治の影響のようだ。そして、結果的に森山大道を通じて多くのプロやアマチュアの写真家にも伝わっている。

森山大道を通じて、安井仲治を知ったが、実際はその作品をネットでいくつか見ただけで、あまりよく知らなかった。それが生誕120年で大規模な回顧展が兵庫県立美術館で開かれていることを知って、神戸に行こうかとも思ったら、東京にも巡回することを発見していた。事情があって東京に戻れなかったが、ようやく時間を見つけて東京駅ステーションギャラリーに行ってきた。思っていた以上に大規模な展示で、安井仲治の作品が初期の作品から始まって、すべてのシリーズを鑑賞することができた。

初期作品は、当時の写真界の主流であったピクトリアリズム調の影響を色濃く受けている。ピクトリアリズムは絵画的な表現を目指した写真運動で当時は世界的な流行だった。安井仲治も、ソフトフォーカスやぼかしなどの技法を用いて、幻想的な風景写真を数多く生み出している。ソフトフォーカスが多いのは、この時代のレンズの限界だったのかもしれない。あるいは、意図的に開放付近で使っていたのかは分からない。

手法としては、ピグメント印画やブロムオイル印画の作品が多く、その手法の意味がわからなかったので会場で調べてみると、どちらかと言えば写真を元にした版画に近い手法だ。その結果、絵画的な美しさが強調されている。写真に大胆に加工を加えることで、作者の狙った構図や陰影を生み出しているようだ。

安井仲治の作品には、代表作と言われる「凝視」のように多重露光や多重プリントの作品が多いが、初期から写真を編集することが当たり前だったのだろう。今で言えば、Photoshopを多用して自分のイメージを作り上げる写真家だ。

ピグメント印画やブロムオイル印画の作品を見ると、現在の写真とは違い独特の質感を生み出している。面白いのは、1周回って、今の若手の写真家には、このようなマチエールを重視する写真家が登場していることだ。

安井仲治は、ピクトリアリズムの時代から出発して、ストレート写真の都市の風景や静物写真、シュルレアリスム、ドキュメンタリーなど、様々な表現スタイルを駆使していたようだその作品の幅は驚くほど広く、またそれらの作品は戦前のものとは思えないほど、現在の写真と比べても違和感がない。それが、森山大道が「仲治への旅」を作った理由でもあるのだろう。簡単に言えば、古い時代のものではあるが、今見ても「新しい」。

特に印象的なのは、これも当時の流行であったシュルレアリスムの作品だ。コラージュや多重露光などの技法を用いて、幻想的な写真を数多く残している。彼の作品で、最初に印象に残った「凝視」はこのシリーズのものだ。

さらに驚くのは、ドキュメンタリー写真も多くあったことだ。これは、今までのネットの情報では全く知らず、彼の幅の広さに驚かされる。写真の可能性をあらゆる方向に追求した結果なのだろう。ユダヤ人難民や朝鮮半島からの移民、そして中国の取材の写真もある。戦争の悲惨さや人々の苦難を記録した写真をみると、写真を使って社会問題を表現しようとしていたようだ。

彼の作品は、森山大道も真似たように構図と光と影の使い方が普遍的だ。まず、構図は作品に動きや静けさ、時には混沌や秩序を表現している。自然の曲線や都市風景の直線、影による線の効果が特有のリズムを生み出していると言えるだろう。また、空間構成については、前景と背景の関係、空間の深さ、そして空間内の被写体の配置が印象的で、これも今でも学ぶべき点が多い。

そして、光と影の表現は、羨ましいほど上手だ。これは、ぜひ真似してみたい。光の方向、強度、そして影の作り方が被写体をどのように照らし出し、光と影のコントラストが効果や質感、空間感を表現するのかを追求していたことが窺われる。

今回の回顧展を見て、安井仲治の写真は、現代の写真界において重要な遺産を残していることがよくわかる。作品は、日常の瞬間を捉えながら、それを洞察力と独特の感性で表現することに成功している。現在に生きる私たちも、彼のように、日常の風景や人々の生活を掘り下げ、新たな視点で捉えることの重要性を示していると思う。

特に個人的には、リアリズムとファンタジーの境界にあるような表現に感銘を受けた。日常の風景や人物が、ストーリーを語りかけてくるような写真だ。日常をどのように見るか、どのように感じるかを問いかけないで写真は撮れないことを教えてくれているようだ。

生誕120年 「安井仲治 僕の大切な写真」

会期:2024年2月23日~4月14日
会場:東京ステーションギャラリー

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