インディアナ・ジョーンズのシリーズ第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は、アメリカで 1981年6月12日に公開された。今月は40周年だ。ちなみに、日本で公開されたのは、1981年12月5日。あの頃は、同時公開はまだ少なかった。
インディアナ・ジョーンズは、映画が生み出した20世紀のヒーローの1人だ。ジョージ・ルーカスとステーブン・スピルバーグが組んだ映画は他にもあるが、インディアナ・ジョーンズが最大のヒットだろう。
「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」の公開から8ヶ月後、ジョージ・ルーカスは、ステーブン・スピルバーグとスクリーンライターのローレンス・カスダンをロサンゼルスの彼のアシスタントの家に招いた。「スター・ウォーズ エピソード4」の公開は、1977年5月25日だから、それは1978年の初めということになる。
話題は、新しい映画、「インディアナ・スミス」についてだった。その時に、スピルバーグは、ディズニーランドのライドを設計するつもりでやろうと言ったそうだ。この予言は、のちに現実になった。
「インディアナ・スミス」は、途中から「インディアナ・ジョーンズ」に変わった。
この映画を最初に見たときに、舞台が1930年と言う事だけではなく、なんとなく古い印象がした。それはスピルバーグが、そのように見えるために、古い技法を対応しているからだ。いくつかのシーンでは背景を手書きで書くマットペインティングと言う技法が使われている。
マットペインティングは様々なやり方があるが、撮影時に未露光の部分を残して、現像後にフィルムに直接書き込む方法や、カメラの前にガラスに描かれた背景をかざして撮影する方法などがある。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』がどちらの技法を使ったのかよくわからないが、どちらにせよ手書きのアーティストの力量が問われる技法だ。
特に最後のシーンの巨大な倉庫に資料が運び込まれる場面では、マットペインティングの倉庫が30秒間も映る。普通は描かれた背景と実写の違和感があるために数秒しか使われないが、このシーンでは異常な長さだ。あの最後のシーンよく覚えているが、あれが手書きの倉庫だとはとても信じられない。
この映画の中で、面白くてよく覚えているのはインディアナ・ジョーンズが敵と鞭で戦おうとするが、鞭ではなく、すぐに銃で敵を撃つシーンだ。これはチュニジアの40度を超える暑さで、撮影隊全員が疲労困憊して、そしてハリソンフォードを含む多くの人が赤痢にかかっていたために、長い時間の戦いのシーンを撮影したくなかったからだと言うことだ。
結果的に言うと非常に面白いシーンになって、インディアナ・ジョーンズの人間的な面白さを作り出すのに役立っている。。またナチの巨漢と戦うシーンでは、噛み付いたり、砂を目に投げつけたり、股を狙うなど、普通では勝てない相手に汚いやり方で戦うインディアナ・ジョーンズの、映画のヒーローらしくない戦いぶりが、人間的な魅力を作り出しているとも言える。このような要素が積み重なって、インディアナ・ジョーンズという20世紀を代表するキャラクラーが生まれた。
作品は、制作費1800万ドルという中規模予算で、世界興行収入3億8000万ドルの大ヒットを記録し、その後、シリーズ化されると共に、多くのスピンオフの作品やゲームを生み出している。
同じく、スター・ウォーズで有名になったハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」は、1982年6月25日に公開されたが、こちらはアメリカでも日本でも全くヒットしなかった。
あれから、40年という時間を感じる。